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トップ  >  上野の名所旧跡  >  現寛永寺史蹟と浄名院
 覚永寺境内の史蹟の中では、了翁禅師塔碑、慈海僧正墓、虫塚などが、都の有形文化財に指定されるほか、その他でも歴史の事蹟を現わすものは数多い。ここでとりあげる虫塚というのは、建立者の風流人らしい思いのこめられたもので、伊勢長島藩主増山雪斎(1754〜1819)の菩提寺勧善院に、雪斎の死後二年目の文政四年(1821)建てられたものだった。

 雪斎は沈南蘋に絵を学び、昆虫画を得意としたが、写生した昆虫のなきがらの供養に怠りなかったため、その心を受けとめて菊池五山、大窪詩仏らにより建立されたと思われる。勧善院は昭和初期廃寺となり、寛永寺に吸取された。

 寛永寺前の浄名院(上野桜木2−6−4)は、八万四千体地蔵建立の本山とされ、境内に現在約三万体の地蔵が立ち並ぶが、発願主は僧妙運で、一千体地蔵建立の折すでに妙運は齢五十を過ぎていたが、さらに四万四千体の地蔵建立を志したというから、昔の人の生きざまの物凄さをまざまざと感じてしまうのである。妙運の意志を継ぎ、地蔵建立の念願は今後とも続けられるはずである。
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